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 06 水中で

たとえばこんな10のキス

01 教室の隅っこで
02 夕焼けが見てる
03 道のど真ん中で
04 窓からのぞいたその顔に
05 公衆の面前で
06 水中で
07 雪の降る中で
08 びしょ濡れになって
09 覆いかぶさって
10 良い夢を 

SCHALK. 様
 http://schalk.xii.jp/

より 06番



06 水中で


 いたる処で燃えていた。
 燃えきってしまったところも多かった。
 焼け野が原。
 親しみのある、光景ではある。
 「…………はっ」
 そう考えて、ヒタキはハッと我に返った。
 「あっ、あーー!」
 頭を抱える。
 森の中だった。木々の間に一角、開けて野原が広がっている場所があった。そこは明るく陽が当たり、色とりどりの花が咲き乱れていたのだ。
 つい、先程までは。
 「った、いたた!」
 両手を頭に置いて、弾かれたようにすぐそれを下ろす。腕が電流でも流したようにびりびりと痛んだ。
 「……おぉ」
 目の前にかざして見てみる。両てのひらはともに焼けただれ、ドロドロのぐちゃぐちゃだ。
 「要するに、非常にグロいというやつです」
 見慣れた光景では、ある。
 「またやってしまった……ああ……」
 ヒタキは一人ごちてため息をついた。
 本来ならば痛いどころではすまないような火傷なのだろう。しかし慣れてしまているのか麻痺してしまっているのか、びりびりという間の抜けた感覚以外、しっかりと実感することができない。
 ヒタキは焦土と化したかつての野原を、ぼんやりと見渡した。
 「綺麗なお花畑だったのになぁ……」
 野原はすっかり焼き払われて、花などどこにもなかった。空気が炎に熱せられ、赤い風が吹く。至る所から焦げた匂いがした。
 自分の周りの草はもう焼けきって炭化すらしてしまっている。炎を宿してもいない。
 火はドコまで行ったのか。
 「…………」
 ヒタキは顔を上げて視線を遠くへ投げた。
 この手から出てきたはずの赤い火は、いつの間にか自分を置いてかなり前方へと行ってしまっていた。
 「……魔法の、火」
 もう一度焼けただれた手を見る。
 この地を焼け野が原にしたのは、ほかの誰でもない。ここに立っている少年、ヒタキ自身だった。
 気がつくと魔法の炎であたり一面焼き尽くしていた。そして火が燃え盛り、だんだんとその面積を広げてゆく様を眺めていたのだ。
 うつろに見ていた。ずっと見ていた。
 「山火事になってしまう……って奴ですよ、ね?」
 誰ともなしに問いかける。
 (何故こんなことをしたのだろう)
 とも思ったし、
 (理由は明白で、仕方のないことだった)
 とも思った。
 「……放火は重犯罪という奴です」
 しかしそうであれ、どうであれ。
 我に返ったからには何とかしなくてはならない。炎のような赤い髪を風になびかせて、ヒタキは血潮のように赤い眸を細めた。
 「しかし。要するに、どうしたらいいものやら。」
 そしてさほど困っていなさそうにさらりと困った。
 ヒタキは魔法の火を出すことはできても、消す魔法が使えなかった。
 「うーん……」
 燃やしてしまっても放置しておけばいつか火は消える。限界まで燃えてしまえば、燃えるものがなくなって、炎はふっつり果てるのだ。
 なものだから、今まで火消しの魔法の必要性を感じることができなかった。結局、なんだかんだと先延ばしにしている内に、使えないまま今まできてしまったのである。
 しかしここは森の中だ。燃え尽きるまで放置だなんて、それでは何日かかるかわからない。
 「困ったなあ。どうしようってやつです」
 ヒタキは感情のこもらない声でそう言い、前方の燃える野原を見つめた。
 「…………」
 しばらくそのまま、じっとその火を見つめる。
 (……火とはどうしてこうも、無慈悲なのだろう)
 通り過ぎていった後には、花ひとつ残らない。
 (常にゆらゆらとして実体なんかないくせに)
 はっきりと赤く、強く残酷なのだ。
 「…………」
 炎の向こうには木が見えた。野原が終わり、森が始まる。その森にも火の手はすでに伸ばされていて、いくつかの木が緑ではなく赤い葉を茂らせていた。
 その炎の光るさまが、火の揺らめくさまが、あまりにも無感情で、あまりにも無感動で。
 「…………」
 見つめているとだんだん、何も考えられなくなってくる。
 「…………」
 消さなくてはとついさっき思っていたことも忘れて、ヒタキはぼんやりと火を見つめた。光が網膜に焼き付いて明滅を繰り返す。
 炎に巻かれたのはいつの日だったか。
 明るすぎる光は暗闇と同じなのだと、物心ついたときには知っていた。
 火などという中途半端なものに自分はいつまで囚われているのか。
 自分が見たいのは火などではない。
 自分が火の向こうに見ているのは、そこに踊る、光という幻。または闇という力。
 こんなものに囚われていてはいけないのだ。
 「…………」
 そうぼんやりと思いつつも、やはりどうしても炎の燃え盛る様から目をそらすことができなかった。食い入るように見てしまう。
 炎の向こうの野原が見えた。
 その周りを囲む木々。
 「…………」
 見渡す限りの深い森。
 大樹と低木と、そしてそこをふわりと歩く、
 「…………」
 一つの人影。
 「…………え?」
 ひとかげ?
 そして再びヒタキは我に返った。
 「人……?」
 人がいたような気がして、目を瞬かせる。
 空気が煤けていてよく見えない。目をこすろうとして
 「い! たた、あー」
 てのひらがずるずるだったことを思い出した。しかたないので眉間にしわを寄せ、なんとか目を凝らしてみる。
 「ん…………」
 見えるだろうか。熱せられて揺らめく空気の向こう。赤く染められた花畑の、その更に向こうに。
 「あ……っ!」
 ヒタキは息を飲んだ。
 やはり、誰か、いる。
 炎の向こうで、歩いている人影があった。
 なんでこんなところに人が。
 そう思う間もなく、気がつくとヒタキは前方へ走り出していた。
 なだらかな丘のようになっている焼け野を駆ける。
 「あのーっ! すみませんーっ!」
 走りながら大声で人影に呼びかける。
 しかし聞こえているのかいないのか、その人物はふわふわと歩き続けて何の反応も示さない。火にも気付いていないのだろうか。
 「あぶないですよーっ! あのーっ! ヤケドっていたいんですよーっ!」
 徐々に木が増え始める。野原が終わり、森が始まる処。
 「痕も残るし、なかなか消えないんですよーっ! だから……」
 だから、早く逃げて、と、そう言おうとしたところで。
 ヒタキは目を見開いた。そこに思ってもいないものが見えたからだ。
 野原の終着点には、円い、木々に囲まれた美しい湖が鎮座していた。
 炎に目を奪われていたときには、その湖には全く気がつかなかった。何故だろう。丘の傾斜で見えなかったのだろうか。
 「…………」
 勝手に自分の脚が駆ける速度を落としていくのが分かった。
 すぐに、ほとんど歩いているのと同じ状態になる。そして湖の岸にたどり着くと、しまいにはその場から動くことさえできなくなってしまった。
 「……これは……」
 この、湖は。
 思わず声が漏れる。
 この湖のことをヒタキは知っていた。目が水面に釘付けになる。
 それは周囲の炎を淡く映し出し、まるで水中に広がる森が燃えているようだった。
 ガラッと音を立てて、近くの木が燃え尽きた枝を一つ落とした。
 「はっ」
 その音に三度我に返る。燃えているのは水中の森ではない。ここにある、実在する目の前の森なのだ。
 ヒタキは湖の対岸へ視線を投げた。そこには例の人影がいる。
 「あの! その! えーっと……。そう! 要するに、燃えちゃいますってやつですよ!」
 今はしっかりと視認できるその人物に向かってヒタキは大声で呼びかけた。
 自分の炎で関係のない人を傷つけてはいけない。
 傷つけまいとするはずだ。
 人間なら。
 「あのっ! もし! そこの……ええっと、そう、あなた!」
 とにかくこういう場合は大きな声で語りかけるはずだ。
 人間なら。
 そう思い、声を出す。
 何をどう言えばいいのか分からなかったが、とにかくヒタキはその人に声をかけた。
 やっとそれが耳に入ったのだろうか。金色の髪をふわりと揺らして、対岸にいる人物はこちらを振り向いた。
 目が合う。空色の美しい眸で、不思議そうにこちらを見てきた。
 「…………?」
 彼はヒタキを見て、やけに悠長に首をかしげた。
 ヒタキはといえば。
 「…………花……?」
 疑問に、思わず声を漏らしていた。
 年の頃はヒタキより2つ3つ上だろうか。制服を着ているその少年は、なぜか腕いっぱいに花を抱えていた。
 ヒタキはその鮮やかな花たちと、それに劣らない艶やかさを持つその少年を見つめた。
 燃え上がる炎の森で、少年は花を抱えこちらに向かってほほえんできた。
 (なんだ……?)
 ヒタキは訳の分からないものを見たときのように頭が混乱した。舞台と役者の取り合わせが、そしてその二つの持つ雰囲気が、あまりにもちぐはぐだった。
 炎の森と、花の少年。
 頭の中で、自分の魔法の力が、本能的な警鐘を鳴らしている。しかし目をそらすことができない。
 そしてヒタキは唐突に、その少年が着ている制服が、何の制服なのかに気がついた。
 (あの……制服……)
 はっとして息を飲む。
 湖と同じように、ヒタキはその制服にも見覚えがあった。この湖があるということは、その制服を着た生徒に出くわすことだって不思議ではない。
 しかし。
 頭では分かっていても、気持ちが追いつかなかった。その気持ちにいったいどういう名前が付いているのかは、自分でも全く分からなかったけれど。
 (魔法の学校の……制服……!)
 胸の奥が掻きむしられるように痛んだ。
 何も言えなくなりその場に立ち尽くす。ただ、その制服を呆然と見つめていた。木々のはぜる音がぱちぱちと大きく耳に届く。
 「あの……」
 正気に戻ることができないまま、しかし、口は自動的に言葉を紡ぎだしていた。
 「もえちゃいます、って、やつですよ」
 自分の炎への責任感だろうか。
 それとも。
 「もえちゃいますって、やつです?」
 魔法の学校の生徒は、ヒタキの言葉を咀嚼するように赤い唇で反復した。もう一度ゆっくりと首を横に傾ける。さらりと金の髪が流れた。
 「もえちゃいますって、やつです?」
 さらに同じ言葉を繰り返して、その生徒は突然、おかしそうに声をあげて笑った。
 「あはは! もえちゃいますってやつです! もえちゃいますってやつです!」
 ワルツのステップでも踏むように、歌うようにそう言って少年はくるくると湖の岸を回る。腕いっぱいに抱えられた色とりどりの花が、彼が踊るたびぼろぼろこぼれた。
 「…………」
 ヒタキは言葉を失って、その光景を見つめた。
 (………なんだ……?)
 金髪の少年は、まるで壇上の歌劇歌手のようだった。
 けれどここは舞台ではない。燃え盛る、炎の森なのだ。
 歌なんて、普通の人間には歌えない。
 「…………」
 (なんだ、この、奇妙な現実感の無さは)
 おかしい。
 ぞくりと背筋の肌が何かを警告した。しかし、それが何なのか分からない。
 (……なにか、言わなくては)
 不吉に、心拍数が上がり始めていた。
 「きみ、だあれ」
 少年の空色の眸が、突然ヒタキに向かって言った。透き通るような金の声。
 「どうしてそんなところに立っているの?」
 くすくすという笑い声が耳をくすぐる。
 「こっちへおいでよ」
 金髪がヒタキの炎に照らされ、橙に染まっていた。
 「一緒に、あそぼう?」
 麗しくほほえんで、こちらへ片手を差し伸べてくる。花がまた、いくつかこぼれ落ちた。
 「……あ……、の……」
 どうしてそんなところに。とはこちらのセリフだ。しかしヒタキはその少年がまとうものに気圧され、なにも言うことができなかった。
 「お花をね、つんでいるんだよ」
 「お花……?」
 「ここは僕のお花畑なの」
 そう言って少年は瞳を伏せ、抱えた花束の香をかいだ。
 こんな炎の中で花の香などするはずがない。しかし少年は幸福そうに花へ微笑む。
 「ねぇ。きれいでしょう?」
 そしてヒタキに向かって花のように笑った。
 ヒタキは戸惑った。
 警鐘がけたたましく鳴っている。自分の魔法の力が、この美しい少年を前にして、なにかよくないことになると告げていた。
 「どうしたの?」
 自分よりも年上に見える癖に、自分よりも年下のような幼い口振り。
 鮮やかな金髪。高貴な空色の眸。
 「どうしたの? あそぼうよ」
 にっこり微笑んで、少年は対岸からヒタキを呼ぶ。
 「……ち、がうんです、あの」
 また近くでがらがらと炎に巻かれて枝が落ちた。
 とにかく、この人を連れ出さなければ。
 自分の火で、焼き尽くしてしまう前に。
 「燃えてしまう……」
 ヒタキは呆然と言い、一歩踏みだそうとした。
 「…………っ」
 そして驚きに身体を震わせる。
 脚が動かなかった。
 「…………!」
 まるで見えない力で遮られているかのようだった。一歩も、足を踏み出すことができない。
 「どうしたの?」
 少年は楽しげに笑みを浮かべたまま、長い睫毛で彩られた眸でヒタキを呼ぶ。
 「はやくおいでよ」
 くすくすと笑い続けている少年に、ヒタキは呆然と首を横に振った。
 「……あなたは……何者ですか……」
 「なにもの? ってなぁに?」
 「脚……が」
 ヒタキがそう言うと、少年は愉快そうにヒタキの脚を見た。
 「あしが動かないの? あはは!」
 その眸にはとっておきのいたずらをした子供が見せる、含み笑いの優越感が浮かんでいた。
 「……あなたは……」
 ヒタキが同じ質問を繰り返そうとすると、少年は唇に乗せている笑みを深めて、腕に抱えていた大量の花を湖の上にまき散らした。
 「…………!」
 「ふふっ。きれい」
 あははっと少年は笑った。
 「水の上なのに、燃えてるみたい」
 「…………」
 「きれいだねぇ。きれいだね、赤い髪の君」
 空色の眸に射すくめられて、ヒタキはその瞳を見返すことしかできない。
 「ねぇ、ルビーの眸の君?」
 金髪の少年はくすくす笑っている。
 「きみ、だあれ?」
 「……………」
 「ねぇきみ」
 自分で問いかけておきながら、ヒタキの応えを待たずに少年は続けた。
 「僕やっぱり、あのお花欲しいな」
 視線だけで少年は水面に浮かぶ一輪の花を示す。
 「僕、あれがほしい」
 「………あれ……?」
 「だから、ね。きみ」
 僕に、取ってきてよ。
 少年の唇がそう形作るやいなや、突然、ヒタキの身体から力が抜けた。
 「え…………」
 立っていられなくなって、ぐらりと視界が揺れる。
 ざばん。
 遠くで、水がたてる大きな音を聞いた。
 湖に落ちたのだ。
 ヒタキがそう認識したときには、水面はあっという間に遠くなっていた。
 「あ…………っ」
 唇から吐息の泡が漏れて上へ上ってゆく。
 火傷を負っていた手のひらが燃えるように痛かった。
 花散る水面が向こうで青く揺らいでいる。
 (………………ああ。)
 そうか。
 そんな場合ではないはずなのに、ヒタキは何故かそのことに思い至った。
 あの人も、湖に入ってくれれば、燃えずにすむのだ。
 「ふふっ、燃えちゃうの、そんなにだめなの?」
 そう考えた瞬間。 
 耳元のすぐ近くで声がして、ヒタキは目を見開いた。
 驚きに振り向くと、金髪の少年が水中でほほえんでいる。
 「…………!」
 なぜ。
 そう言いたいが、泡になるばかりで言葉にならない。
 少年のやわらかな髪が水の流れに揺れて、まるで彼は重力から解放された天の使いのようだった。
 「そんなに気にすることないのに」
 あははっ!
 少年は笑って、白く柔らかい両手でヒタキの頬を包み込む。
 空色の無邪気な眸がのぞき込んできて言った。
 「僕が君なんかの火で、燃えるわけないじゃない」
 あははっ、ふふふっ、あははははは!
 薔薇色の唇で、鮮やかな笑い声が紡がれ、瑠璃色の湖が震える。
 本当は聞こえるはずがなかった。ここは水中なのだ。にもかかわらず、はっきりとすぐそばで、ヒタキは少年の声を聞いた。
 「ふふふっ。あははははは!」
 少年は楽しそうに笑って、ヒタキの首に腕を絡める。
 美しい眸が近づいてきて、そのまま唇に唇が重ねられた。
 口の中に、水と、少年の舌が入り込む。
 ヒタキは目を見開いたまま、何も抵抗することができなかった。少年のなすがまま、されるままになぶられる。
 なめらかな舌は熱く、湖の水は凍るように冷たく、ただれた手は焼けるように痛い。
 「はぁ……」
 甘く息を吐き、少年は唇を離す。
 「ふふっ」
 そして唇の端をつりあげた。
 「君って」
 その笑顔があまりにも魅力的で、愛らしくて、そして恐ろしくて、ヒタキはとても驚いていた。
 「とってもつまらない子。ねぇ火滝?」
 驚いたとしか言いようがない。
 むかしむかし。
 初めて火を見たときにも、こんな風にただただ驚いたような。頭の片隅で、ヒタキはそう思った。

 「…………はっ!」
 四度、ヒタキは我に返った。
 気がつくと彼は、湖の岸で仰向けに倒れていた。がばりと、あわてて起きあがる。
 周囲を見渡して
 「…………」
 眸を大きく見開いた。
 そこには美しい森が、鬱蒼と茂っていた。どこまでも広がる緑の木々。視線を遠くに投げると、色とりどりの花が向こうの野原で咲き乱れている。
 「…………」
 悪い夢でも、見ていたのだろうか?
 あそこはついさっき、自分が焼き払ったのではなかったか。
 「…………」
 ヒタキが呆けていると、
 「!」
 ばらばらと上から何かが降ってきた。
 「あわわっ」
 頭をふるふると振って、その何かを振り払う。
 (草……?)
 そのみずみずしい感触に一瞬そう思ったのだが。
 「草じゃないよ。鈍くさいんだねヒタキって」
 重ねて降ってきた声に、振り返る。
 頭に花冠を乗せた金髪の少年が、おもしろそうに笑って見下ろしていた。
 「思ってたのと違う。へんなの」
 くすくす笑って、手に持っていた白色の花束をもてあそぶ。
 「…………」
 降ってきたのは草ではなくて花びらだった
。一つを拾って、目の前にかざしてみる。
 「ほらヒタキ。まだ頭についてるよ」
 少年はそう言うと、ヒタキの正面に回り込み、ヒタキの脚の上へ座った。ヒタキが花びらをかざしていた手を片手で包み、もう一方の手で髪に触れてくる。
 「真っ赤な髪。せっかくいい制服着てるのに、こんな髪じゃだいなしだねぇ。ヒタキ」
 楽しげに笑いながら、ヒタキの髪を指に絡ませて少年は遊んでいた。
 「…………」
 ヒタキは少年の空色の眸を見つめた。
 空色の眸。金色の髪。凍りの湖。遠くの森。魔法の学校。
 やっとすべてのものが繋がって、頭の中で一つの事柄に思い当たり、唇から言葉がこぼれた。
 「おうじさま……」
 「なぁに? ヒタキ」
 自分の名を呼ばれたように、自然に少年は答える。
 そうか。あらゆることに納得して、ヒタキは心が静かに落ち着いていくのを感じた。
 理由が分かった。
 森が元に戻っていることも。
 恐ろしい警鐘の意味も。
 自分がなぜ火を放ったかも。
 「おうじさま。ごめんなさい」
 「どうしたの? ヒタキ」
 「おうじさまのお庭で、俺はおいたをしてしまったようです」
 「おいた? おいた? ふふっ」
 その言葉がおもしろかったのか、少年は笑ってヒタキの肩に腕を回してくる。
 そして耳元に唇を寄せると、甘い吐息で言った。
 「わかればいいんだよ?」
 ヒタキはにっこりほほえんだ。少年も、麗しい笑みでそれに応える。
 「ものわかりのいいこは、僕、キライじゃないな」
 「俺、ものわかりいいこって奴ですか?」
 「えー? 分からない。だってヒタキ、気がつくまでずいぶんかかったもの」
 「俺、ものわかりのいいこになりたいです。おうじさまに嫌われるよりは、嫌われない方がうれしいです」
 「あはは! ヒタキは変なこだね。思ってないことがつるつる口から出てくる」
 「…………」
 少年は上目使いにヒタキの顔を覗きこむ。ヒタキの着ている詰め襟の縁をなぞりながらくすくす笑っている。
 「許してください。おうじさまのお庭だとは知らなかったんです」
 「嘘。知っていたからヒタキはおいたをしたんだよ」
 「本当です。俺、こっちへ来たばかりなんです」
 「俺、こっちへ来たばかりなんです。こっちへきたばかりなんです」
 少年はヒタキの言葉を繰り返した。そしてとても楽しそうに続けた。
 「ならはやく都へお帰り。空っぽの言葉を吐く人形は、魔法の学校には入れない」
 「…………」
 「がらんどうのお人形のヒタキ。人になれたらまたおいで!」
 歌うように少年はそう言うと、ヒタキの上から立ち上がり、あはは!と頭に乗せていた花の冠を湖へ投げた。そして何処へともなく歩き出す。
 「ま、待ってください!」
 ヒタキは思わず声を上げていた。少年は相変わらず唇に笑みをたたえたままこちらを振り返る。
 「どうしたら人になれますか! 俺、人間が分からない!」
 「どうしてそんなことを僕に訊くの?」
 「だって、俺、俺は」
 ヒタキはそこで黙った。たしかにどうしてそんなことをこの高貴な人に訊いたのだろう。自分が何をしたかったのか、ヒタキはすぐ分からなくなってしまう。自分にしたいことなどあるのだろうか。
 たとえば人間になりたい?
 でも何の理由で?
 「…………」
 沈黙してしまったヒタキをおかしそうに少年は見た。
 「ヒタキは本当は、すべて分かっていて何もかも焼き付くしたの」
 「…………」
 「赤い赤い真っ赤な炎で。その炎にはとてもつまらない名前がある」
 「…………」
 「その名前が分からないこは、どんなに魔法ができても魔法の学校へは入れない」
 「でも……」
 ヒタキは言った。
 「俺、魔法の学校に入りたいんです」
 「入れてあげないよ!」
 あはは! あははははは!
 少年はそういうと綺麗な声で、すてきに笑って、そのまま走って行ってしまった。後には散らばった花びらと、湖に浮かぶ花のティアラ。
 「…………」
 ヒタキはしばらくぼんやりとそれらを見つめて、ふと、もう一度全部燃やしてみようかと思った。
 燃やしたら、あの人はもう一度、自分と会ってくれるかもしれない。
 「…………」
 そう思ったが、ふと笑みがこぼれた。自嘲と言えるほどには、感情のこもらない笑みだった。
 「無理って奴です」
 だって、手が燃えるように痛い。
 水の中に落とされて、火の熱さを思い出させられるなんて、とても不思議な話だ。しばらく、火は使えそうになかった。
 「あはは、ふふ」
 ヒタキは少年のように声を上げ、口の端をあげて笑ってみた。再び、地の上に仰向けに横たわる。
 「ちがうな。あはは! こうかな。あははは!」
 とりあえず真似してみる。いつもしていることだ。人の真似をしていれば、いつか人間がどういうものかわかるかもしれないから。
 「…………。でも、あの方は」
 人ではないかもしれない。そう思い直して、ヒタキは笑ってみるのをやめた。
 考えてみれば、自分の周りの誰も、あの少年のことを名前で呼ばない。
 ただ王子とだけ。
 魔法の学校に住んでいる、プリンスとだけしか。
 「おうじさまの、真似。か」
 そう思うとなんだかおかしい。
 人形とおうじさまなら、どちらがより人間に近いのだろうか。
 「そんなことを考えるのは、要するに、不敬罪って奴でしょうか」
 口の端をいつものように上げてみる。両手はとても痛いけれど、そんなこととは関係なく、いつもと同じように笑うことが出来た。
 それがまた不思議で。ヒタキはまた、あはは! と声を出して笑ってみた。

おわり


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 水中でと言われてもホラーしか思い浮かばなかったんですが、
今し方水着できゃっきゃうふふぽろりもあるよという可能性に気付き、
愕然としています。そ、う、か……

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