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 01 教室の隅っこで

たとえばこんな10のキス

01 教室の隅っこで
02 夕焼けが見てる
03 道のど真ん中で
04 窓からのぞいたその顔に
05 公衆の面前で
06 水中で
07 雪の降る中で
08 びしょ濡れになって
09 覆いかぶさって
10 良い夢を 

SCHALK. 様
 http://schalk.xii.jp/

より 01番



01 教室の隅っこで


 淡雪が登校すると、教室の隅に見覚えのないものが転がっていた。
 どの運動部に属する生徒よりも、淡雪は常に早く登校していた。一番に教室に入り、席について、ホームルームが始まる時間まで勉強する。それが淡雪のこなす日課の一つだった。
 なので淡雪は少々面食らった。
 登校してきた時に、教室に人がいたことなど、今まで一度としてなかったからだ。
 転がっていたのは生徒だった。
 黒板と正反対の、教室の一番うしろの席よりも、さらにうしろ。
 教室の隅っこに雑然と寄せられている遮光カーテンの下で、紺色の髪をした男子生徒が転がっていた。
 「…………」
 淡雪はわりと驚きながら、その生徒を見た。自分よりも早く登校している生徒がいることにも驚いたし、床の上に人が転がっていることにも驚いた。
 「…………」
 まぁ、それでも、おそらく自分にはさして関係がないだろう。
 驚きは驚きとして、さて朝の勉強に取りかかろうと、淡雪が自分の席について鞄から教科書類を出していると。
 「う…………」
 うしろからうめき声が聞こえた。そしてかさかさという衣擦れの音。
 「…………」
 気になる。
 淡雪は眉間に皺を寄せ静かに苛立ちを表現した。
 集中したいのに集中できないというのも不愉快だ。勉強を始める前に気がかりを無くした方がいいだろうか。
 しかしそんなことに気を取られずに勉強する方がいいのではないかとも考える。時間がもったいないし、そもそも普段の授業中などはもっと騒々しい中で勉強しているではないか。それに模試などで隣接する人間に恵まれなければ、自分にとって不利な状況で集中する必要に迫られるときもある。たまにはそういう状況に対応する訓練も悪くない。
 そんな風に淡雪がぐるぐると考えていると。
 「………う…………で……」
 またもやうしろの生徒がうめいた。
 「…………」
 うで?
 後ろを振り向きたい衝動と戦いながら、淡雪は生徒のつぶやきに首を傾げた。うで?
 ええい、まどろこしい。
 やはり懸念材料から先に潰していくべきなのだ。
 淡雪がそう振り返ったとき。
 「で……る……」

 ウォォオウエエエエエ。

 まさにその瞬間。ジャストタイミングで、紺の髪の生徒は床の上に胃の内容物を思い切りぶちまけた。
 「…………」
 「はぁ……はぁ……っ、つ、は……ぁ…」
 あー……。
 ばっちり見てしまった。はっきりくっきり見てしまった。だがあいにく、貰いゲロをするような繊細さは自分にはない。
 苦しげに肩を上下させて息をする生徒を見ながら淡雪は半眼になった。「うで」ではなく、「うっ、でる」だったのだ。全く人騒がせな。
 しかしこうなったらもはや仕方がない。
 淡雪は溜息をついて立ち上がった。 
 紺髪のところまで行って声をかける。
 「…………どうした」
 吐いたというのにその生徒は寝転がったままだ。額に脂汗を浮かべて目を伏せている。反応はない。
 「どこか。………わるいの」
 自分の声が小さすぎて聞こえなかったかと、前半部分だけ淡雪は普段よりもかなりはっきりと言ってみた。
 しかし答えはない。ただの屍のようだ。
 いや、ぜいぜいという苦しげな息づかいは教室に断続的にこだましていた。屍は息などしない。
 (屍は、息などしない)
 淡雪は胸の奥でなぜかその言葉を反芻した。
 きびすを返して自分の席へ戻る。そして、そのまま席にはつかずに自分の鞄をまさぐった。
 銀色の細長いものをつかんで、再びゲロ生徒のところまで。
 「…………水」
 手にあるのは水筒だった。中には茶でもコーヒーでもなく無味無臭のミネラルウォーターが入っている。
 淡雪は男子生徒の近くにしゃがんだ。吐しゃ物の黄色い臭いがつんとした。
 「飲んだ方が。……すっきりする」
 汗で額に張り付いてしまっている前髪を指ですくうと、やっと男子生徒は目を開いた。
 蒼い眸は虚ろに揺れて、膜が張ったように焦点が合っていない。
 「…………口をゆすぐだけでも」
 そう言ってみたが返事はなかった。
 ふぅ。
 淡雪は溜息をついた。仕方がない。仕方がないの二乗だ。
 淡雪は床に膝をつくと、男子生徒の上半身を抱えあげた。そのまま膝の上に乗せる。
 「…………ほら」
 水筒をあけて、コップになった部分に水をつぐ。それを男子生徒の口元に持っていって傾けるが。
 「…………あ」
 水は彼の唇を撫でて首筋へと流れていってしまう。生徒の唇はうっすら開いているのに、うまく水を入れることができない。
 こぼれた水は流れ、男子生徒のだらしなくはだけた制服のシャツをぬらした。
 そう。案外人に水を飲ませるのはむつかしいのだ。
 淡雪は静かに一人で頷いた。こういうのには慣れている。
 仕方ないな。仕方ないの三乗。
 淡雪は今度は自分の唇にコップをあて、水を口に含んだ。
 そしてそのまま、男子生徒の唇に自らの唇を重ねた。
 男子生徒の肩がぴくりと跳ねる。
 やっと気がついたか。
 淡雪はそう無感動に思いながら、自分の口の中から相手の口の中へ水を流し込んだ。ほんの少し酸の味がした。
 ふぅ。
 唇を離し、息をつくと、蒼い目の男子生徒がぼんやりと、しかし若干不思議そうにこちらを見ていた。
 「…………ぐちゅぐちゅぺっ、だ」
 淡雪は頷いて指示した。せっかく口に入れたのだ。まただらりと出してしまう前にゆすいでもらわねば。
 男子生徒はだんだんと覚醒してきたようで、ゆっくりと片手で口を塞いだ。もう一方の手で教室の床を指さす。
 「…………そう」
 淡雪は頷いた。
 「……そこに、吐け」
 男子生徒は眉根を寄せた。教室の床に向かって? と言いたいようである。
 「……何を今更」
 「…………」
 男子生徒は少し考え、たしかに、という顔をすると床に向かって水をぺっした。
 
 廊下からバケツと雑巾を持ってきて床を拭く淡雪を、男子生徒は座り込んだままぼんやり見ていた。
 「……ずいぶん、手慣れてない?」
 しばらくして男子生徒がぽつりと言った。
 淡雪は横目で彼を見て、すぐ床に視線を戻した。最初に言う言葉がそれか。ほかにいうべきことがあるだろう。
 「……家族に病人がいるから。……実際慣れてる」
 「ふぅん……」
 気のない返事。
 男子生徒は真っ白な顔をして壁にもたれていた。どうしてだか制服は乱れて、かろうじて着ているという程度。ブレザーもシャツもはだけて、スラックスはチャックまで下りていた。着ていると言うより、どうにか羽織っているという方が正しいような姿だった。
 蒼い睫をゆっくりとしばたたかせて、気だるく床を見る。
 「……タイがないな…」
 不機嫌を隠さず、つぶやくように、しかし吐き捨てるように彼は言った。
 淡雪も一応辺りを見回してみた。たしかにタイはない。ご愁傷様だ。
 あらかた床を拭き終えると雑巾をバケツに放り込んだ。喋れるようになったのなら、もう自分で何とかするだろう。そろそろ勉強へ戻るとするか。
 バケツを流しへ片づけようと淡雪が立ち上がりかけたとき、男子生徒がこちらを見て言った。
 「菅井、淡雪……」
 名前を呼ばれて淡雪も生徒の方を見る。
 「……さん。でしょ……?」
 いかにもそのとおり。
 淡雪は頷いた。
 「じゃあここ……、一組か……。はー……」
 額に手の甲を当てて、生徒は壁にもたれながら天井を仰いだ。
 「何時だ……。授業出れるかな……」
 「…………時間は6時2分。あと少ししたら朝練の運動部が出てくる……。吐いたんだし……休めば……」
 「6時……。はやいな……。てゆか菅井さん、たしか自宅通いだよね……? 来るの早すぎない……?」
 「……朝の方が集中できるから……5時半から勉強することにしてる……」
 「毎日……? すご……。さすがだなぁ……」
 男子生徒は少し呆れたように口元だけで笑って、はーっと息をついた。まだ本調子にならないようだ。しかしさすがとは。自分はそんなに有名なのか。
 自分のことを知っているということは、この生徒も同じ中学3年生なのだろうが、淡雪は同学年の生徒に知り合いはほとんどいなかった。勉強で忙しいのだ。
 紺色の髪の男子生徒は緩慢な動作で服を整え始めた。シャツの釦を止め、スラックスの内側に裾を入れ、チャックを上げて、きちんとベルトを締める。ブレザーの前を止めて、名残惜しそうにまた床の上を視線が滑った。
 男子生徒は、きちんとすれば、何処も変わったところのない普通の生徒だった。不良めいた雰囲気もなければ、鈍くさそうでもない。自分のようにガリ勉の体もない。非常にバランスの取れた「ふつう」を身にまとっていた。
 「…………」
 変わった男だと淡雪は思った。
 なぜ教室の隅に転がっていたかなんて興味はない。どうして吐いたのかも訊く気はない。自分の名前を知っていることだってどうでもいい。
 すっかり平凡な生徒になった男子生徒を見て、しかし初めて淡雪は不思議な体験をしたと思った。
 「……変わった人だな」
 「……俺?」
 男子生徒は意外そうに笑った。
 「そうかな……あんまり言われたことないよ」
 「……変わってる」
 「ははっ……。あの菅井さんにそう言ってもらえるなんて……光栄」
 あの菅井さんて、どの菅井さんだ。ゲロ生徒のくせに。
 淡雪は眉間に皺を寄せた。
 憮然としたままバケツの取っ手を掴むと、そのゲロ生徒が手を重ねてきた。疑問の視線を投げる。
 「もう大丈夫。自分で片づけるよ。ありがとう」
 そう言って男子生徒はバケツを持って立ち上がった。
 「ごめん。勉強の邪魔して。こんなに早く人が来てるの知らなかったから。気をつけるよ」
 生徒は真白の顔のまま、しかし微笑んでもう一度
 「ありがとう」
 と言った。
 そして扉へ向かった。
 「…………」
 ひどく珍しいことだが、その華奢な背中を見ていると、どうしてだか淡雪は申し出ずにはおれない気分になった。
 「タイが見つかったら……届ける」
 男子生徒はゆっくりと、肩越しにこちらを見た。
 「……組と、名前は」
 彼は少し驚いた顔をして、それから笑った。
 「菅井さんは、優しい人だね」
 「…………」
 なんだその返答は。淡雪が半眼になると、ははっと男子生徒は笑った。
 「俺は2組の市川。市川洋永。ありがとう、助かる」
 そう。最初からそう言えばいいのだ。淡雪は頷いた。
 「たぶん出てこないと思うけど」
 笑顔のまま市川はそう言って、教室を出ていった。
 「…………」
 ……なんだその捨て台詞。
 淡雪は市川が出ていった廊下をしばらく見て再び半眼になった。
 ふぅ。溜息をつく。とんだアクシデントで貴重な時間を無駄にしてしまった。今日はこの分を何処で取り返そう。睡眠時間をけずるしかないだろうか。
 そう思いながら自分の席に着くと、淡雪はようやっと教科書類へと目を落とした。
 自分のような教室の隅にいる人間にも、たまにはこういう不思議なことが起こるものなのだな、そう感慨に耽りながら。

 タイは市川の予言通り、結局教室から出てくることはなかった。そのかわり、淡雪は時折、張り出されている試験成績の上位者の中に市川の名前を見つけるようになった。そしてたまに半眼になるのだった。

 おわり

 

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いきなりゲロチューとかマニアックすぎてすいません。
背景がログアウト\(´∀`)/
むしろ日本語がログアウト

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